Story

ストーリー

8月の長雨とは珍しい――――。
養殖場の朝は8時半からはじまる。
バシャバシャと音を立てる雨の中、MSファームの養殖課 担当社員 義國武範は養殖用の水槽へと急ぎ向かった。

天気予報によれば、8月というのにまるで梅雨前線のような気圧配置のために1週間も雨が続くとのことだが、義國の頭に浮かんだのは2018年の西日本豪雨の苦い記憶だ。
あの水害時、県内では町の広範囲が水没してしまうという衝撃的な被害が起こった場所もあった。
MSファームのある岡山県新見市でも、土砂崩れや川の氾濫などの大きな被害に見舞われた。

ここにあるのは人工の養殖用水槽だが、直ぐ脇に流れる小川から水槽に水を引いているのでどうしても自然の状況に左右されてしまう。
西日本豪雨の際には、常とは違う川の流れから給水ポンプに砂が詰まったことにより養殖用の水槽へと供給する水が不足、たくさんの魚が死んでしまうという苦い経験も味わったのだ。

この水槽で養殖されている魚は、チョウザメ。
出荷までに必要な飼育期間は7年前後にも及ぶ。
たいせつな魚たちを死なせたくはない――――。

さて、「チョウザメ」と聞いて一体どのくらいの人がその姿を思い浮かべることができるだろうか。
チョウザメは、キャビアの親となる魚である。古代魚の残存種で、およそ2億5千万年前から地球上に存在するといわれている。
サメと名に冠してはいるが鮫の仲間ではなく、見た目が鮫に似ているために付いた名前だ。

今一つ日本では知名度の低いチョウザメだが、元々ロシアなどでは美味な高級魚として知られる白身魚であり、また、チョウザメの卵を塩漬けにした高級食材「キャビア」ならば食したことがある人も多いだろう。
しかしそのキャビアも「何かの料理の上にちょこんと乗っていた黒くてしょっぱいやつ」くらいの認識の方が大多数ではないだろうか。

ところが、現在日本では、チョウザメの養殖により国産キャビアの流通が増えてきているのだ。

自然界でチョウザメが稚魚から成長し卵を持つまでには15~20年も掛かることもあり元々稀少だったところに、環境破壊や乱獲、社会情勢の変化が原因となり、1990年代にチョウザメは一度絶滅の危機に瀕した。
そこで、先進諸国を中心に養殖が広がることとなる。

2000年、岡山県の北西端部に位置する新見市においても、高梁川の清流を活用した新しい特産品の開発を目指し、新見漁業協同組合がチョウザメの飼育を始め、12年の試行錯誤を経てキャビアの生産に成功した。

しかし、漁協としての事業の継続が困難となりチョウザメ養殖部門は解体寸前となる。
2015年、縁あってMSファーム株式会社がその運営を引き継ぎ、以降、生産規模拡大と品質向上を図りながらキャビア製造のためのチョウザメ養殖施設の本格稼働を始めた。

当初はキャビアのみの製造販売だったが、2020年にはキャビアバター、2021年にはチョウザメの身(白身魚)の加工品と、新たな商品開発への挑戦を続けている――――。

「良かった、大丈夫だ」
雨続きに心配したが、今回は不測の事態は起こらなかった。
一通り設備の見回りを終え、義國は胸をなでおろした。

生き物を育てる仕事は常にこうした緊張を孕んでいるが、同時に、命への愛着や自然の尊さを感じることもできる。
だからこそ、続けることができるのかもしれない。

そしてまた、新たな1日が始まった。

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